下関から小倉に向かう船中で、大阪の男が大金を海中に落としてしまう。乗り合わせた唐物(中国産)を扱う商人が「このフラスコに入って海中を探せば?」と申し出る。その通りにするとフラスコが破れ、男は海底に放り出される。そこは龍宮(りゅうぐう)だったので男は浦島太郎と偽って入り込むが、見破られ捕手に追われるハメになる。
昔話を踏まえた上方落語の「小倉船(龍宮界竜の都)」で、桂米朝が得意とする。
龍宮城では鯛(たい)や鮃(ひらめ)が浦島を楽しませたが、南海本線淡輪駅より徒歩10分、小高いあたご山公園の中腹にある料理旅館「龍宮館」では、鯛や鮃で歓迎してくれる。
1904年、海岸沿いで、海水浴や魚釣の客を相手に始めたものを、当代で三代目の平井謙三店主が、懸命に守り続けてきた。南海電鉄の淡輪遊園が活況を呈したころは勢いがあったが、現在はこの種の旅館はここだけになってしまった。唯一、百年を越す歴史を刻んだ秘密は、ズバリ料理のおいしさにある。店主の息子、成之さんの創意工夫を重ねた「鮮魚会席」が大評判なのだ。
目の前の大阪湾で採れた魚介、地域ぐるみで力を入れる黒米や、自家栽培の赤米や野菜を使って、ひと味もふた味も手を加えた料理に仕上げる。板前修業無しで味に挑戦している「泉州の味」は、掛け値なしに美味である。
通常8品、ご飯、みそ汁、香の物、デザートのコースを含め1泊2食の料金は、平日1万500円から。休前日でも1万2600円からと安価だ。5千円からで食事だけもOK。
淡路島に沈みゆく夕日、静寂な木立を駆け抜ける涼風。“大阪の穴場”として保証する。絵にも描けない美しさの自然と、文章にも書けない美味が詰まったこの世のパラダイスと表現しても過大評価ではない。
(演芸評論家)